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正確なのに伝わらない|外国籍ITエンジニアとの協働を支える5つの視点【総集編】

2026年8月5日 公開

本シリーズでは、外資系企業のITマネージャーと約30年の経験を持つ組込みソフト開発技術者の2名へのヒアリングをもとに、開発現場で起きているコミュニケーションのすれ違いを、5回にわたって分析してきました。
最終回となる今回は、44件の事例全体を振り返り、5つの視点がどうつながっているのかを総括します。
シリーズを通じて繰り返し見えてきたのは、「正確なのに伝わらない」という一貫した構造でした。

  • 日本語は聞き取れている
  • 指示通りに実装している
  • 事実は正しく報告している

それでも認識はズレ、成果物は的を外し、信頼は損なわれてしまいます。この現象は、日本語力という一つの物差しだけでは説明できません。

なぜ現場ヒアリングを始めたのか

外国籍ITエンジニアの採用が広がるなか、「日本語力を上げれば現場の課題は解決する」という前提が、しばしば語られます。しかし実際の現場では、日常会話に支障のないエンジニアとの間でも、すれ違いが繰り返し起きています。
その正体を、印象論ではなく具体的な事実から捉えたい。それが、現場ヒアリングを始めた出発点でした。
日本企業と外国籍エンジニアの双方を知る2名の実務者に、実際に起きた出来事を挙げてもらい、整理した結果、44件の事例が集まりました。調査の概要は次の通りです。

整理にあたって特に注目したのは、「何が起きたか」だけでなく、行動の理由と受け取られ方という双方の視点でした。

  • 外国籍社員はなぜそう行動したのか
  • 日本人側はそれをどう受け取ったのか

すれ違いは、片方の視点だけを見ていては構造が見えてきません。両者が何を前提に、何を誠実だと考えて行動したのかを並べて初めて、どこで認識が食い違ったのかが浮かび上がります。
業種も開発対象も異なる2つの現場から、共通する構造のすれ違いが数多く報告されたことも重要です。片方の現場だけの話であれば、その職場固有の事情を疑う余地があります。
しかし、扱う技術も開発文化も違う2つの現場で同じ形のすれ違いが繰り返されているという事実は、これらが特定の職場や個人の問題ではなく、より根の深い構造を持つことをうかがわせます。

44件の事例から見えてきたこと

44件を内容ごとに整理すると、5つの領域に分類できました。件数の分布は次の通りです。

最も件数が多かったのは認識合わせでした。特に重大度の高い事例がこの領域に集中しており、認識合わせがすべての土台であることを、数字の面からも裏付ける結果となっています。

  • 「分かりました」
  • 「できます」
  • 「大丈夫です」

といった日常的な言葉の裏で認識がズレるという第1回のテーマは、シリーズ全体の出発点であると同時に、他のすべての視点の根底にありました。
もう一つ印象的だったのは、事例に登場する多くの工程が、要件定義から設計、実装、テスト、リリース後の運用まで、開発のあらゆる局面に及んでいたことです。
すれ違いは特定のフェーズに偏るのではなく、開発プロセス全体にわたって、形を変えながら繰り返し現れていました。 言い換えれば、これは一部の場面だけを改善すれば済む問題ではなく、チームのコミュニケーションのあり方そのものに関わる課題だということです。

5つの視点は独立していない

5つの視点は、並列に並んだ別々の課題ではありません。認識合わせという土台の上に、他の4つが積み上がる構造になっています。

  • 認識がズレたまま進む → レビューで指摘が生まれる
  • 仕様の意図が共有されない → 成果物がズレる
  • ズレに気づいても相談されない → 報連相の問題として遅れが積み上がる
  • 社内で解消されない → 顧客との場面で最大の損失として表面化する

一つひとつのすれ違いが、次の段階の問題を呼び込んでいきます。そして許容度の最も低い顧客との場面に近づくほど、損失は大きくなります。社内から社外へ、影響は段階的に拡大していくのです。
この連なりには、もう一つ重要な意味があります。土台に近い部分でのすれ違いを防げれば、その上に積み上がる問題の多くも未然に防げるということです。
認識合わせの段階で「分かりました」の中身を確認できていれば、レビューでの手戻りも、仕様のズレも、報連相の遅れも、顧客対応での失点も、その多くは起こらずに済んだ可能性があります。
だからこそ、本シリーズは認識合わせを第1回に置き、繰り返しその重要性に立ち返ってきました。
各テーマの詳しい分析は、それぞれの回で扱っています。

5つのテーマを貫く3つの共通点

異なる5つの領域を分析するなかで、すべてに共通して現れた発見が3つあります。

共通点①言葉は通じても認識は別

44事例の多くは、日本語が聞き取れなかったから起きたのではありません。「分かりました」も「できます」も「問題なし」も、言葉としては正しく交わされていました。
それでも認識はズレていた——ここに、この問題の核心があります。言葉が通じることと、認識が一致することは、別のことなのです。
この事実は、日本語教育の役割を否定するものではありません。
むしろ、日本語力という土台の上に、認識を合わせる技術や、暗黙の前提を確認する習慣といった、もう一段のスキルが必要になるということを意味しています。
語学力はスタートラインであって、ゴールではないのです。

共通点②誠実さ同士がすれ違う

事例に登場する外国籍エンジニアの多くは、怠けていたわけでも、手を抜いていたわけでもありません。解決してから報告しようとし、指示を正確に実行し、事実をありのままに伝えていました。
日本人側もまた、悪意なく相手を信頼していました。「連絡がない=順調」と受け取ったのも、相手を疑わない誠実さの表れです。
どちらも誠実であるにもかかわらず、前提が違うためにすれ違う。この「誠実さ同士のすれ違い」という構造こそ、問題を見えにくくしている要因でもあります。
悪意のある人を正すのは簡単ですが、双方が正しく振る舞っているつもりのすれ違いは、当事者自身が原因に気づきにくいからです。だからこそ一方を責めても解決しません。

共通点③暗黙の前提は言語化で解ける

すれ違いの多くは、「言わなくても分かるはず」という暗黙の前提から生まれていました。
裏を返せば、その前提を言葉にすれば防げるということです。実際、各回で回答者が挙げた理想的な対応は、いずれも暗黙の期待を、具体的な型やルールとして表に出すことに集約されていました。

  • 理解の確認を復唱や自分の言葉での説明で行う
  • 報告やエスカレーションの基準を、数値で決める
  • 依頼には作業内容だけでなく目的を添える
  • 顧客対応をテンプレートやロールプレイで型にする

手段はさまざまですが、根底にあるのは同じ発想です。そしてこうした言語化は、外国籍社員のためだけに行うものではありません。
前提が明文化されれば、日本人メンバー同士の認識合わせや、新しく加わる人への引き継ぎにも役立ちます。多様な背景を持つ人が働く環境を整えることは、結果的にチーム全体の仕事の進めやすさを高めることにつながるのです。

日本企業と外国籍エンジニア双方への示唆

本シリーズが一貫して取ってきたのは、「どちらか一方に原因がある」とはしない立場です。外国籍エンジニアの行動は、多くの場合それぞれの環境で培われた合理性や誠実さに基づいています。
同時に、日本の職場には言語化されない前提が数多く存在し、それを察することを暗黙のうちに期待してきた面もあります。すれ違いは、この2つが噛み合わないときに生まれます。
大切なのは、日本語力の向上か、日本企業側の歩み寄りか、という二者択一で考えないことです。日本語力は確かに重要な要素です。しかし今回の44事例が示したのは、日本語力だけでは説明も解決もできない領域が、確かに存在するということでした。 暗黙の前提を言葉にし、認識を合わせる仕組みをチームとして持つこと。その積み重ねが、技術力の高いエンジニアが本来の力を発揮できる環境につながっていきます。

おわりに——現場の知見を次の一歩へ

今回のシリーズは、2名の実務者の協力によって得られた44事例を分析したものです。あくまで限られた範囲の調査であり、ここから得られた考察がすべての現場に当てはまるわけではありません。
回答者の立場や関わってきたプロジェクトによって、見えている課題には当然かたよりもあります。それでも、業種の異なる2つの現場から共通する構造が浮かび上がったことには、一定の意味があると考えています。
少なくとも、これらのすれ違いが「たまたま起きた個別のトラブル」ではなく、繰り返し現れる構造を持っていることは、44の事例が示しています。
日本語オンラインスクールでは、こうした現場の知見を今後も蓄積し、外国籍ITエンジニアと日本企業がより良く協働するための教材開発や、実際の現場に即した法人向け日本語研修へと発展させていく予定です。
本シリーズが、日本企業と外国籍エンジニアの双方が互いの前提を理解し合うための、一つのきっかけになれば幸いです。

※本記事は、日本語オンラインスクールが実施した現場ヒアリング(回答者2名・44事例)の分析に基づく研究レポートです。事例は個人・企業が特定されない形に整理して掲載しています。

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