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「できません」で終わる報告は何を失うか|外国籍ITエンジニアと顧客対応の型

2026年8月5日 公開

これまで4回にわたり、認識合わせ、レビューと品質、仕様書の行間、報連相というテーマで、開発現場のすれ違いを見てきました。最終テーマとなる第5回は「顧客対応」です。
現場のマネージャーからは、次のような声が聞かれます。

「技術的には正しい説明をしているのに、顧客の反応が悪い」
「報告を任せたら、顧客との関係がぎくしゃくしてしまった」

社内のすれ違いであれば、その場で誤解を解き、チーム内でリカバリーできます。しかし顧客が相手の場面では、一度の説明や一通のメールが、その後の信頼関係を大きく左右します。
実際、今回紹介する事例の多くは以降の顧客対応は日本人スタッフが担当するという運用変更で幕を閉じており、本人の活躍の場が狭まる結果につながっていました。
日本語オンラインスクールでは、外資系企業のITマネージャーと約30年の経験を持つ組込みソフト開発技術者の2名に現場ヒアリングを実施し、44件の事例を収集・分析しています。
本シリーズは、その分析をもとに「なぜ現場で認識のすれ違いが起きるのか」を考える研究レポートです。

現場で起きた事例|正確な「できません」が信頼を失いかけた

まず、今回のテーマを象徴する事例を紹介します。外資系企業のITマネージャーが経験したケースです。

「できません」という回答は、技術的には正確で、誠実な事実報告でした。実現できないことをできると言わなかった点で、エンジニアとしての判断は正しいものです。
しかし顧客に届いたのは、事実の正確さではなく「突き放された」という印象でした。回答者の記録には、「日本のビジネス現場では『断る時こそ代替案を添える』文化があることを、後から具体例で説明した」と残されています。
裏を返せば、この暗黙の商習慣は事前には共有されていなかったのです。正確さと誠実さだけでは、顧客の信頼を守れない場面があります。

なぜ起きたのか|正確さを届ける側と安心を求める側

この事例は、日本語の会話力の問題ではありません。2つの前提のズレが重なっています。

要因①技術者の誠実さと、顧客の関心のズレ

技術者にとって、実現可否を正確に伝えることは職業的な誠実さです。しかし顧客の関心は、要望が通らないと分かった瞬間、「では、どうすればよいのか」という次の選択肢に移っています。
同じ「できません」でも、その問いに答えているかどうかで、届き方は正反対になります。

  • 「できません」だけの回答:「考えてくれていない」という印象だけが残る
  • 代替案を添えた回答:「制約の中で最善を探してくれている」と伝わる

中身の事実は同じでも、顧客に残るメッセージはまったく別のものになるのです。

要因②「断る時こそ代替案を添える」という商習慣の非共有

代替案を添えるという習慣は、どの仕様書にも契約書にも書かれていません。第3回で見た「仕様書の行間」と同じく、共有されないまま期待だけが存在する暗黙の前提です。
しかも社内であれば誤解をその場で修正できますが、顧客対応ではやり直しの機会が限られ、一度の印象がその後の関係を左右します。行間のコストが、社内よりはるかに大きい場面だと言えます。

類似事例|顧客対応をめぐる4つのすれ違い

ヒアリングでは、顧客対応に関わる事例が7件報告されました。いずれも顧客との折衝を担う外資系企業の現場からの報告で、44事例の中でも1つのテーマとしては最多です。
共通するのは、「技術的には正しいのに、伝わり方で損をしている」という構造です。

正確な説明が、「何を言いたいのか分からない」に変わる

顧客ミーティングで現状の課題と改善案の説明を任せたところ、技術的な詳細を一つずつ順番に積み上げる説明になり、結論や顧客にとってのメリットが最後まで見えなかった事例です。
顧客の心証が悪化し、上司が急遽フォローに入りました。記録には「技術力はあっても『伝える順番』が違うだけで評価が大きく下がってしまう典型例」と残されています。
理想的な対応として挙げられたのは、結論→理由→詳細の順で話す型を、ロールプレイで事前に練習しておくことでした。

障害報告|事実は正確なのに、深刻さと今後が伝わらない

障害対応の場面では、2つの事例が報告されています。

  • 第一報:技術的な事実は正確だったが深刻度のニュアンスが弱く、顧客が「大した問題ではない」と受け取った
  • 原因説明:バグの内容は正しく説明できたが再発防止策が不十分で、顧客が納得しなかった

前者では、後から影響の大きさを知った顧客の態度が硬化し、以降の報告はすべて日本人スタッフが担う運用になりました。
後者では追加の説明会が必要になっています。回答者は「技術者は原因の正確さを重視しがちだが、顧客が知りたいのは『今後どうなるか』である」と振り返っています。

事実を率直に書いた文面が攻撃的に読まれる

顧客向けの障害報告メールを下書きしてもらったところ、原因や責任の所在が直接的な表現で書かれていた事例です。
送信前に上長が確認したため大事には至りませんでしたが、そのまま送っていればクレームにつながりかねない内容でした。社内向けと社外向けでは、求められる表現の柔らかさが大きく異なることを、改めて整理して共有したと記録されています。

沈黙と萎縮——真面目さが裏目に出る

対面のやり取りでは、次の2つの事例が報告されています。

  • 沈黙:正確な日本語で答えようと頭の中で文章を組み立てるうちに間が空き、「何か隠しているのでは」という不安を与えた
  • 萎縮:強い口調のクレームに動揺し、必要な技術的やり取りまで滞った

どちらも、完璧に対応しようとする真面目さが、かえって「反応が薄い」「誠意が感じられない」という逆の印象を生んでいました。
理想的な対応として挙げられたのは、完璧な日本語を目指すことではなく、「少々お待ちください、確認して回答します」と時間を確保するフレーズや、まず謝罪→状況確認→対応方針という手順を、事前に練習しておくことでした。

共通する認識ギャップ|正確さを届けるか安心を届けるか

これらの事例を、弊社が現場事例の分析から整理した独自の枠組みの視点で見ると、根底には顧客対応で何を届けるべきかという前提の違いがあります。

表の左列は、いずれも間違っていません。届けた中身はすべて正確で誠実です。ズレていたのは届け方と順番です。
顧客が評価しているのは技術的な正しさそのものではなく、この人たちに安心して任せられるかです。正確さはその一部ではあっても、すべてではありません。
この構造はシリーズを通じて見てきたすれ違いの、いわば集大成です。

  • 「できません」の裏の認識のズレ(第1回)
  • 報告に何を含めるかの基準(第2回・第4回)
  • 言語化されない商習慣という行間(第3回)

社内で起きていたすれ違いが、顧客という失敗の許容度が低い相手との間で、より深刻な形で表面化していると見ることができます。
一方で、このテーマには前向きな特徴もあります。今回の事例で理想的な対応として挙げられたものは、結論ファースト、障害報告テンプレート、クレーム対応の手順など、いずれも型として示されています。
つまり顧客対応のすれ違いは、人格や語学力の問題ではなく、練習と準備でカバーできる領域が大きいのです。日本語の試験では測れない力ですが、教えられない力ではありません。

現場への示唆

今回の事例で挙げられた工夫は、顧客対応を個人のセンスに委ねず、チームの型として整えることに集約されます。

  • 実現が難しい要望には、「この方法なら実現できます」という代替案をセットで伝える
  • 障害報告は「影響範囲→緊急度→対応状況→今後の見込み」のテンプレートを用意する
  • 顧客説明は結論→理由→詳細の順で話す型を、ロールプレイで事前に練習する
  • 顧客向けの文面は、送信前チェックのフローや定型文テンプレートを設ける
  • とっさに答えられない場面に備え、「確認して回答します」と時間を確保するフレーズを共有する

これらの型を外国籍社員に一方的に求める前に、まず日本人側が「断る時こそ代替案」「顧客が知りたいのは今後」といった暗黙の商習慣を言語化して共有する、という順番が大切です。
また、沈黙や萎縮の事例が示すように、顧客対応には心理的なプレッシャーも伴います。
失敗を個人の責任にせず、チェックフローや同席といった安全網をチームとして用意することが、挑戦の機会を守ることにつながるのではないでしょうか。

次回予告

第1回の「分かりました」から始まったシリーズは、レビュー、仕様書の行間、報連相、そして顧客対応と、5つのテーマを見てきました。次回は最終回として、44事例の全体から見えてきた傾向と、5つのテーマがどうつながっているのかを総括するまとめ記事をお届けします。

※本記事は、日本語オンラインスクールが実施した現場ヒアリング(回答者2名・44事例)の分析に基づく研究レポートです。事例は個人・企業が特定されない形に整理して掲載しています。

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