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認識合わせ:「分かりました」が危険な理由|44事例に見る外国籍ITエンジニアとの認識ギャップ

2026年7月21日 公開

IT業界の人材不足を背景に、外国籍エンジニアを採用する日本企業が年々増えています。技術力の高い人材がチームに加わる一方で、開発現場のマネージャーからは次のような声を耳にすることが少なくありません。

  • 『分かりました』と返事があったのに、上がってきた成果物が想定と違っていた
  • 『できます』と言われたので任せたら、納期直前に未完了だと分かった

こうした課題は、しばしば日本語力の問題として語られます。もちろん日本語力は重要な要素です。しかし現場ヒアリングを通じて見えてきたのは、日本語力だけでは説明しきれない認識のズレが、開発現場のさまざまな場面で起きているという事実でした。
日本語オンラインスクールでは、外資系企業のITマネージャーと、約30年の経験を持つ組込みソフト開発技術者の2名にヒアリングを行い、44件の事例を収集・分析しました。
本シリーズでは、その分析結果を以下の5つのテーマに整理し、全6回でお届けします。

  1. 認識合わせ(Alignment)…今回
  2. レビュー・品質(Quality Communication)
  3. 仕様理解(Requirement Understanding)
  4. 報連相(Team Communication)
  5. 顧客対応(Business Communication)

第1回のテーマは、すべての土台となる『認識合わせ』です。なお本シリーズは、サービス紹介を目的とせず、現場で起きている事実を整理し「なぜ認識ギャップが起きるのか」を分析する研究レポートとして執筆しています。

現場で起きた事例|「分かりました」の数週間後に発覚した認識のズレ

まず、今回のヒアリングで最も象徴的だった事例を紹介します。外資系企業のITマネージャーが経験したケースです。

項目

内容

場面

クライアントとの要件定義MTG。複雑な業務フローを口頭で説明

外国籍社員の行動

終始うなずきながら「分かりました」と返答

日本人側の受け取り

本当に理解できていると判断し、設計フェーズへ進行

結果

設計レビューで前提条件の誤解が発覚。要件定義のやり直しが発生

後から分かったのは、このエンジニアが「質問すると評価が下がるのではないか」と考え、理解が曖昧なままでも質問せずに「分かりました」と返答していたことでした。
注目したいのは、日本語の説明そのものは「聞き取れていた」という点です。語彙や文法の問題ではありません。それでも、双方の認識は一致していなかったのです。

なぜ起きたのか|言葉は伝わっていたのに、認識は合っていなかった

この事例を「日本語力が足りなかったから」と結論づけると、本質を見誤ります。分析すると、2つの構造的な要因が重なっています。

要因①:外国籍社員側の心理

「質問すると能力が低いと思われる」「相手の時間を奪ってはいけない」という配慮から、理解が不完全でも「分かりました」と答えてしまう。不誠実さではなく、むしろ真面目さの表れとも言えます。

要因②:日本人側の解釈

返答とうなずきを「理解が完了した」サインとして受け取り、それ以上の確認をしなかったことです。回答者は後に「『分かりました』は社交辞令的に使われることがあるため、要点を相手の言葉で言い直してもらうのが効果的だった」と振り返っています。

つまりこの事例は、双方が「認識は一致している」と思い込んだことで発生しています。認識の一致を確かめる仕組みがない限り、同じことは日本語が上達した後も起こり得るのです。

類似事例|異なる現場で繰り返される『同じ言葉のズレ』

興味深いのは、外資系IT企業と組込みソフト開発という異なる2つの現場から、同じ構造の事例が独立して報告されたことです。

業種・開発対象・組織文化が異なっても同じズレが起きているという事実は、これが特定の職場や個人の問題ではなく、より普遍的であることを示唆しています。44事例のうち「認識合わせ」に分類される事例は10件と最多で、代表的なものを紹介します。

「できます」=技術的に可能? それとも納期内に完了?

詳細設計の実現可否を確認した際の「できます」という回答。本人は「時間をかければ技術的には可能」という意味で答え、日本人側は「指定納期内で対応可能」と受け取りました。
ズレが発覚したのは納期直前で、リリースは延期に。組込みソフトの現場でも、「業務完了できる」の裏で納期認識が食い違っていた同型の事例が報告されています。

「大丈夫です」は情報量がゼロに近い

テスト進捗を確認するたびに「大丈夫です」とだけ返答され、実際には複数の不具合を抱えたまま終盤で発覚した事例。順調な時も問題がある時も同じ言葉が使われていました。
回答者は「『大丈夫』は便利な言葉だが情報量がゼロに近い」と表現しています。同様の事例は組込みソフトの現場からも報告されました。

「確認します」「後でいいよ」の温度感

  • 「確認します」:すぐ対応する意図はないまま返答され、日本人側は「対応してくれる」と期待して待ち続けた結果、案件が放置された
  • 「後で大丈夫です」「後でいいよ」:本人は文字通り後回しにし、リリース直前まで手つかずだった(2つの現場の双方から報告)

後者について日本人側の回答者は「依頼する側も『後でいいよ』という曖昧な日本語を使わないよう意識するようにした」と述べています。
ズレの原因は受け手の解釈だけでなく、送り手の表現にもあったという振り返りです。

「少し難しいかもしれませんね」を文字通りに受け取る

顧客の「少し難しいかもしれませんね」は実現可能性への遠回しな懸念表明でしたが、字面通り「少しの困難」と解釈され、深刻度が過小評価された結果、後日クレームに発展。
婉曲表現の誤解も双方の現場から独立して報告され、回答者の一人は「曖昧な言い回しは管理者が間に入って『翻訳』する必要がある」と語っています。

共通する認識ギャップ|3つの層で起きている「思い込み」

これらの事例を、44事例の分析結果から日本語オンラインスクールの視点で見ると、認識ギャップは3つの層で発生しています。

  1. 確認をためらう心理と「沈黙・同意=理解」という解釈:外国籍社員側の「質問は評価を下げる」という心理と、日本人側の「返事があった=理解した」という解釈が噛み合い、確認プロセスが抜け落ちる
  2. 多義的な定型表現:「分かりました」「できます」などの便利な言葉は、話し手と聞き手が異なる意味を込めても表面上は会話が成立してしまう
  3. 完了条件・期限・品質基準という「暗黙の前提」:「何をもって完了か」「いつまでに」「どの品質で」が言語化されないまま、共有されたことになっている

第2層のズレを事例から整理すると、次のようになります。

言葉

外国籍社員側が込めた意味

日本人側が受け取った意味

分かりました

(曖昧でも)話は聞きました

内容を理解し、認識が一致した

できます

時間をかければ技術的には可能

指定納期内に完了できる

大丈夫です

(多少問題があっても)進んでいます

すべて順調で問題がない

確認します

いずれ確認する(すぐではない)

すぐに対応してくれる

後でいいよ(日本人側の発言)

文字通り後回しでよい

近いうちに着手してほしい

この表が示すように、どの言葉も「誤訳」ではありません。日本語としては正しく使われているにもかかわらず、そこに込められた前提や温度感が共有されていないのです。
重要なのは、3つの層のいずれも「日本語試験の点数」では測れないという点です。今回の事例の多くは、日常会話に支障のないレベルのエンジニアとの間で起きています。
だからこそ周囲は「日本語は通じているはずなのに、なぜ」と戸惑うのです。逆に言えば、日本語学習だけを強化しても、認識を合わせる仕組みがなければ同じギャップは繰り返されるということでもあります。

現場への示唆

今回の事例から得られる示唆は、どちらか一方に原因を求めるものではありません。回答者たちが実際に効果を感じた工夫には共通点がありました。

  • 「分かりました」を理解のサインと見なさず、要点を相手の言葉で言い直してもらう
  • 「できます」と聞いたら「いつまでに」をセットで確認する
  • 「大丈夫です」ではなく、件数や残作業など具体的な状態で報告してもらう
  • 依頼する側自身が「後でいい」「なるべく」等の曖昧表現を避け、期限を明示する

一方、外国籍社員側にとって重要なのは、「質問することは評価を下げない」と実感できる環境です。ある回答者は、理解確認の型を作って以降、同種のトラブルを防げるようになったと述べています。

「分かりましたか?」と聞くのではなく、理解した内容を自分の言葉で説明してもらうことが有効です。その一手間を、面倒な確認作業ではなくチームの標準的なプロセスとして位置づけることで、質問しづらさという心理的ハードル自体を下げられる可能性があります。

個人の努力に頼るのではなく、認識を合わせるプロセスをチームの仕組みとして持つことが、今回の事例群が示す方向性だと言えます。

※ただし、これらは44事例から見えてきた考察であり、唯一の正解ではありません。大切なのは、「言葉が通じている」ことと「認識が合っている」ことは別物であるという前提を、日本人社員と外国籍社員の双方が共有することではないでしょうか。

次回予告

今回は、44事例のうち最も件数の多かった「認識合わせ」のギャップを取り上げました。実は、この認識のズレが最も表面化しやすい場面のひとつが「レビュー」です。
良かれと思って伝えた指摘が「怒られている」と受け取られる。レビューの場では誰も反対しなかったのに、実装段階で問題が噴出する——。次回は「レビュー文化と品質文化」のギャップについて分析します。

※本記事は、日本語オンラインスクールが実施した現場ヒアリング(回答者2名・44事例)の分析に基づく研究レポートです。事例は個人・企業が特定されない形に整理して掲載しています。

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